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岡山地方裁判所 昭和30年(行)6号 判決

原告 国米源治郎

被告 岡山県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し昭和二十九年五月三十一日なした岡山県嘱託を免ずる旨の処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

(一)  原告は昭和二十七年四月二十二日付で被告から岡山県嘱託を命ぜられ、岡山県津山保健課に勤務していたものであるが、昭和二十九年五月三十一日被告からその意に反して免職の処分を受けた。而してその免職の理由は次のとおりである。

(1)  原告の勤務成績が不良である。(地方公務員法第二十八条第一項第一号)

(イ)  昭和二十六年七月一日以降昭和二十八年十二月三十一日に至る期間の勤務評定は最下位かそれに近い悪い成績である。

(ロ)  定期昇給についても昭和二十七年十月一日八級四号となつた後は、主として勤務成績が不良である旨の津山保健所長の内申に基き停止している。

(ハ)  昭和二十七年四月技術吏員として必要な適格性を欠くものとして嘱託に降任しており、昭和二十九年に行われた行政整理においても勤務成績、年令、恩給受給者である等の基準により退職を勧められた程である。

(2)  その職に必要な適格性を欠いている。(前同項第三号)

(イ)  原告の性格は利己的傾向強く、従つて同僚との協調性に欠け、且つ老令で執務は消極的であり職場の円滑な業務運営に支障が認められた。

(ロ)  昭和二十九年四月退職を勧奨せられて以後は特に好訴的傾向を示し所属長である津山保健所長は精神上の偏執的な欠陥から本人のためにも専門医の精神鑑定の必要があるのではないかとの意見を有している程その言動に正常さを欠いている。

(二)  しかし原告には右免職の理由となるような事実はないのである。即ち

(1)  勤務実績は決して不良ではない。

(イ)  勤務評定は原告の関知しないところであるが、その採点の悪いのは上司の原告に対する悪感情と誤解に基くものであり客観性なく決して勤務実績を測る資料とはなり得ない。

(ロ)  定期昇給が停止されていたことは事実であるが、これは原告が高給者であつたためであり、勤務成績不良との内申によるものではない。仮りにそのような内申があつたとすれば、それは上司の原告に対する悪感情と誤解によるものであつて真実に基くものではない。

(ハ)  原告が昭和二十七年四月技術吏員から嘱託に降任されたのは定員の過員が理由であつて適格性を欠いたからではない。

(2)  その適格性を欠いているとして被告の挙示するような事実も全く存しない。原告の年令は処分当時五十七歳であつたが頑健で執務に支障を来すことはなかつた。

(三)  以上のとおり被告が原告を免職する理由である地方公務員法第二十八条第一項第一号、及び第三号に該当する事実はいずれも存在しないから本件免職処分は右条項に違反する違法の処分である。そこで原告は昭和二十九年六月六日被告の原告に対する右免職処分につき、地方公務員法第四十九条により岡山県人事委員会に対し不利益処分に関する審査請求をなしたところ同委員会は同年十二月二十四日原処分を承認する旨の判定をなした。よつて右免職処分は取消されなければならないと述べた。(立証省略)

被告指定代理人等は主文同趣旨の判決を求め、原告の請求原因に対する答弁として、請求原因の(一)及び(二)の原告昭和二十七年四月技術吏員から嘱託に降任されたのは定員の過員が理由であつたことは原告主張の日にその主張のような審査請求をなし、その主張のような判定のあつたことは認めるがその他の主張事実は全部否認する。即ち原告に対する免職処分は地方公務員法に基く権限により正当に行つたものであり何等違法な処分となる要素を含むものでないと述べた。(立証省略)

理由

原告は岡山県嘱託として岡山県津山保健所に勤務していたが、昭和二十九年五月三十一日被告より(1)勤務成績が不良である、(2)その職に必要な適格性を欠く、ものとして地方公務員法第二十八条第一項第一号及び第三号に該当するとの理由により免職の処分を受けたこと、原告が昭和二十七年四月岡山県吏員より岡山県嘱託に降任させられたのは定員の過員によるもので原告の成績が不良であるとの理由によるものではなかつたとは当事者間争がない。ところで原告は被告が原告の免職の理由として挙示しているような事実は全くなかつたと主張するのでこの点について逐次判断する。

先ず原告の勤務成績が不良であつたとの点についてみると、成立に争のない乙第五号証の四、十五、二十、二十八、三十六、三十七によれば原告の昭和二十六年七月一日以降昭和二十八年十二月三十一日までの間の勤務成績は最下位乃至それに近い不良のものであることが認められる、原告は右乙第五号証(勤務評定票)は評定者の原告に対する悪感情と誤解に基き作成せられたもので客観性のないものであるというけれども、証人信定勇の証言によれば原告は森前所長とは折合が悪かつたが亀山所長とは悪くなかつたことが窺われ、更に証人亀山茂松の証言によれば評定票作成にあたつては私情を交えることなく公平に採点していたことが認められ、しかも乙第五号証を些細に検討すると、評定者は森前所長、亀山所長を含めて五名であるが全期間を通じ被評定者全員について見ても、各評定者の採点に厳緩の差があるため各期における被評定者の成績には数字上多少の差異が出ているけれども、各評定者の評定を被評定者相互の関係について見れば大同小異の結果が示されており右評定票は概ね公正妥当なものであることが窺われるので原告の右主張は理由がない。

更に原告が昭和二十七年十月一日に昇給して以後定期昇給していないことについて、原告は高給者であつたためで成績が不良であるとの理由ではないというけれども、前記認定した事実に、当裁判所が真正に成立したものと認める乙第七号証、証人亀山茂松の証言を綜合して考えると、原告の定期昇給が停止していたのは原告の勤務成績が不良であつたためと認められる。成立に争のない甲第一号証の一、二、同第二号証の一、二の各記載によれば昭和二十八年度における寄生虫の検便成績は前年度に比し大きく上廻つており、性病接触者調査において昭和二十七年十一月以降医師江原猪知郎、同江原滋の報告があり増加していることは数字上明白であるが、証人岩崎辻雄の証言によると、寄生虫検査について見れば昭和二十八年において岡山県下全保健所を通じて全体の検査数が二倍近い増加があり、前記甲第一号証の二の記載により津山保健所における検査数は数において県下全保健所中第三位の成績を示しているが、人口に対する比率における順位は前年度に比し多小向上しているとしても大体似た結果であることが認められ、性病接触者調査においても津山保健所における報告が少いため県公衆衛生課長岩崎辻雄より積極的に届け出るように勧告があり、更に昭和二十七年十一月頃同人が津山保健所に赴き、同所に医師江原猪知郎を呼んで性病接触者の報告をするように直接話したことが認められる。而して甲第一号証の二の記載によると検査人員こそ第三位であるが、人口において遙かに少いと思われる総社保健所の検査人員は津山保健所の倍近く笠岡、勝山両保健所の検査人員も津山保健所に近い検査人員を示しており決して良好の成績とは認められず、且つ主任官は原告一名であつてもその実施にあたつては指導員、保健婦が共に行つていたことは原告本人尋問の結果を述べているとおりである。叙上のとおりであつて、原告の努力を否定するものではないが、甲第一、二号証の各一、二に表われた成果が原告の勤務成績が良好であり、且つ積極的であつた結果によるものであるとは断ずるわけにゆかない。従つて右甲第一、二号証の各一、二によるも前記認定を左右するに足らず、右認定に反する原告本人尋問の結果は採用できない。

ついで原告がその職に必要な適格性を欠いていたか否かの点について按んずるに、原告が免職処分当時五十七歳であつたことは当事者間争のないところであり、前顕乙第五号証の四、十五、二十、二十八、三十六、三十七の各記載成立に争のない同第二号証同第三号証、証人島崎卓郎の証言により真正に成立したものと認められる同第四号証、並びに証人筒塩恒夫、同岩崎芳次、同亀山茂松、同島崎卓郎の各証言を綜合すると、原告は利己的傾向強く協調性が欠除し、積極性についても他に比し劣つていたことが認められる。原告が好訴症的傾向を示していたという点については、それに沿うような証人筒塩恒夫、同亀山茂松の供述部分があるがいずれも風評、伝聞の域を出ず、なお右事実を証するに足らず、他にこれを認めるに足る的確な証拠はない。しかしながら原告がその行動に稍正常を欠いていたことは前掲各証拠により窺い得るところである。前顕甲第一号証、同第二号証の各一、二、成立に争のない同第三号証によつても右認定を覆えすに足らず原告本人尋問の結果は採用できない。そもそも地方公務員法第二十八条第一項第三号にいうその職に必要な適格性ありというには、公務員として即ち原告の場合岡山県嘱託として、その職にふさわしい資質を有し行動をなすことが必要である。そうすると原告について前記認定した事実をもつてみれば同条項にいうその職に必要な適格性を欠くものと認めるのが相当である。

以上認定のとおりであり他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。果してしからば原告の勤務成績は原告が当時勤務していた津山保健所においては不良で、その適格性についても欠けるところがあり、地方公務員法第二十八条第一項第一号及び第三号に該当し、更に原告の年令の点を考慮すると、被告の原告に対してなした免職処分は止むを得なかつたものというべく、結局相当であつたことに帰し、その取消を求める原告の請求は失当であるから棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林歓一 藤村辻夫 野曾原秀尚)

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